<p align="right"><span class="small-text">公開日: 2025-10-10<br>更新日: 2025-10-10 </span></p> # 米田一彦『人狩り熊』 2025年8月、知床半島羅臼岳での痛ましい事故で痛ましい事故が起った。登山者が下山中にヒグマに襲われ、命を失ったのだ。 私も、登山者として、山近くに住む者として、熊の存在は身近に感じてきた。私がよく歩く滋賀県湖北地方の山々は、白山から続く熊の生息域だ。金糞岳では、ツキノワグマと遭遇したこともある。 だからこそ、知りたかった。熊とはなんなのか。人と熊との関係は、どのような歴史を持っているのか。 そこで手に取った一冊が、日本のツキノワグマ研究の第一人者である米田一彦氏の[『人狩り熊』](https://tsuribito.co.jp/cover/archive/detail?id=4708&kind=1 "https://tsuribito.co.jp/cover/archive/detail?id=4708&kind=1")だった。 &#13;&#10; &#13;&#10; <div style="text-align: center;"> <img src="2025maita.png " alt="Centered Image" /> </div> &#13;&#10; 米田氏は1948年に青森県十和田市で生まれたクマ研究者だ。 その氏が、2016年に出身地の近隣である秋田県鹿角市で突如起った日本で3番目の被害を出した熊害事件「十和利山熊襲撃事件」[^8shs]を追った報告が本書の内容となっている。 本州最大規模の熊害事件である十和利山熊襲撃事件は、ツキノワグマによって4名の死者、4名の負傷者を出した。初動の段階から行政の対策の不備が指摘され、次々とタケノコ採りの高齢者が襲われる様子には、胸が痛む。 同時に遺族や米田氏は、インターネットを通じた匿名の誹謗中傷に曝されることになる。「山菜取りは森林窃盗罪だ」「被害者は盗人だ」などと、日本の山菜取り文化を知らない非難が遺族を追いつめる過程が記録されている。 山菜取り文化を擁護し、それら山の文化を通じて山の機序を知り、人がより良く野生動物に付き合う方策を米田氏は提唱する。 &#13;&#10; &#13;&#10; <center>・ ・ ・</center> &#13;&#10; 熊害事件が起きるたびに「山に入らなければいい」「人は野生動物に関わるべきではない」等の極論が聞かれる。 しかし日本は何千年、何万年も森林と人とが共存してきた島国であり、ことはそんな簡単ではない。 1950年-60年代の燃料革命を経て、山を「生活の一部」から「生活の外」へ遠ざけた現在の私たちは、熊を山を知らなくなった。なぜ熊が昨今、このように人里に出てくるようになったのか。なぜ知床半島が世界有数のヒグマの密集地になったのか、熊は山でどのような生活をしているのか、増えているのか・減っているのか。私たちは多くのことを知らない。 知らない対象と「共存」はできない。なので「すべて殺すべきだ」などの極論が導かれるのだろう。しかし、安直な結論を急ぐのではなく、野生生物や山の文化を知り、それに参与する努力を放棄してはならない。 熊は日本の山林の王者であり、信仰の対象であり、生態系を担う重要な生物である。そのような生命を「危ないから」で皆殺しにすることは、文明国家の行うことではない。 &#13;&#10; &#13;&#10; 米田氏は事件において、人命を守るために「人を襲った熊は殺さなければならない」と自らの研究対象であるツキノワグマを殺すよう行政に要請した。その叫びは、決して熊憎しの叫びではなかった。 著者のあとがきを引用する。 &#13;&#10; &#13;&#10; >16年11月10日、孤独の高原は吹雪で白濁し、視界にそそり立つ発電鉄塔の風車だけが勢いよく回っていて私は息をのんだ。地上の惨劇を見回すように発電機は緩やかに首を振っている。 ひゅんひゅん ひゅんひゅん ひゅんひゅん ひゅんひゅん 私は風に祈った。 聞き届けてください、私の語りかけを。 家族のためにタケノコを採り、クマに襲われて、亡くなられた方々に深い安らぎを与えてください。 遺された家族に力を与えてください。 この事件の中で懸命に働いた人たちを称えてやってください。 過ちを犯したクマたちを許してやってください。 そして 私を許してください。私はクマを殺せと叫びました。 > クマを追って47年、クマは深山に極息する孤高の守り神だった。それが時を下るごとに害獣になり、果てはゴミのように無表情の人々によって地中深くに埋められるようになった。 なぜだろう。人々は、もう自然に畏敬の念を持てなくなったのだろうか。 追い続けるのに意味がなくなったのだろうか。山に入るのは悪になったのだろうか。 袴田さん、「もう山に入らない」なんて言わないでください。一緒にタケノコを採りに笹藪に入りましょうや。豚バラ肉と一緒に鍋にして、黒コショウをふってケば、美味い、ってへるや。クマだって、タケノコをケば、うめえだろうよ。タケノコをケば、クマと近くなれるような気がするんだ。 もう少し見たいんだ。追ってみたいんだ。 なんで、こんなことをした。俺の心の中で何か崩れたものがあるんだ。 いや、何か手違いがあったんだ、よな。オレには、そうとしか思えないんだ。 まだ……追うつもりだよ。[^jsd7] &#13;&#10; 熊と人との間で苦悩し、熊の現実を見つめながら悩み抜いていく姿勢を教えてくれる良書。クマや山に関心を持つすべての人におすすめしたい。 [^8shs]:事件の概要は日本クマネットワークの報告書で知ることができる。<br>日本クマネットワーク, 2016, [「鹿角市におけるツキノワグマによる人身事故調査報告書」](https://www.japanbear.org/wp/wp-content/uploads/2016/12/kadunoshijikohoukokusho_v3.8.12_161018.pdf ) [^jsd7]: 米田一彦, 2018, 『人刈り熊』 つり人社, 270-271.